1回券に関するニュース
家族のきずな描いた作品上映中国新聞, Japan - 10 hours ago東京国立近代美術館フィルムセンターの所蔵作品。尾道に住む老夫婦が東京で暮らす子どもたちを訪ねる代表作の「東京物語」や大家族が崩壊していく過程を描く「麦秋」、「彼岸花」「秋刀魚の味」。両日とも、午前10時から順次、4作品を上映する。 1回券(1作品)一般 ... |
ポイントためてリフト券もらおう山形新聞, Japan - Dec 22, 2008ポイント制は1回券とシーズン券を除くリフト券購入者に適用する。購入時にポイントカードを発行、新しいリフト券を買うたびにスタンプが1個(1ポイント)押される。10ポイントたまると4時間券(大人1400円)、15ポイントで1日券(同2000円)をプレゼントする仕組み。土日 ... |
第30回ぴあフィルムフェスティバルin京都 京都シネマ京都民報Web, Japan - Dec 12, 2008応募総数601本から選ばれた入選作品15本を上映。全国ツアーでは、名古屋、福岡、仙台、神戸ですでに上映を修了。 京都での初開催を記念し、短編オムニバス作品や過去の「PFFアワード」入選作の上映や監督の来場も予定。上映は、午後4時から、午後7時から。各回15分前開 ... |
演奏会をネット中継でどうぞ=ベルリン・フィルが有料配信時事通信, Japan - Dec 17, 2008希望者はホームページ(www.berliner-philharmoniker.de)から登録する。1回券は9.9ユーロ(約1200円)、シーズン券は149ユーロ(約1万8000円)で、生中継だけでなくオン・デマンドでもコンサートを楽しむことができる。既 ... |
1回券に関する質問
イタリア・ミラノの地下鉄回数券
こんにちは。イタリア・ミラノ地下鉄の10回分の回数券(カルネ)は、裏表使える券がばらばらに5枚なのでしょうか?仲間で分けて使うことは可能ですか?(5名以内で)よろしくお願いします。
ヨガ教室
の後10回券以上を買うと半額)1回券(当日限り) ¥ 3,000 5回券(2ヶ月有効) ¥13,500(1回あたり¥2,700) 10回券(3ヶ月有効) ¥23,000(1回あたり¥2,300) 30回券(6ヶ月有効) ¥57,000(1回あたり¥
愛知万博に行かれた方に質問です(全期間入場券)。
うのですが、1.何時ごろからチケットは販売されますか?。2.朝7時に行って、チケット売り場はどのくらいの人でしょうか?。3.全期間入場券は、1回券と発売場所が違うのでしょうか?(1回券の人もい
端数の18きっぷを安く手に入れたい。
この土日に中距離の場所に行きたいので18きっぷがほしいのですが、2日分あれば十分なんです。残り期間も少ないですし。それで2日分きっかり(または1日分が2枚)買える、東京、神奈川の金券ショップはないでしょうか
違法行為はどれでしょうか?
お世話になります。ある会社の会員、もしくは株主になるとアミューズメントパークの入場券や乗り物1回券、映画券などがもらえる。上記の事を踏まえて下記の中で違法行為はどれでしょうか?A)人に譲る(無償で)B)ネットオークションに出品
1回券旅行記
イタリア2週間一人旅 ヴェネツィア編?(by kumさん)
08年夏にミラノにいる友人を訪ねてイタリアに2週間行ってきました。
パドヴァを朝に出発してヴェネツィアに移動しました。パドヴァからヴェネツィアのS.Lucia駅までは各駅で30分くらい。
ヴェネツィアでの移動はヴァポレットという水上バスになります。階段が多いのでトランクなど大きな荷物での移動は大変です。なのでヴァポレット乗り場からの近さを基準にホテルを決めました。S.Lucia駅からS.Marcoまではヴァポレットで30分ちょっと。1回券は6euro。もし他の島にも行くのであれば24時間や48時間券を買った方がお得だと思います。
ヴェネツィアは小さな町なので徒歩でも歩いてまわれますが、迷路のような町なので地図なしだと迷います(苦笑)。
【旅程】
ミラノ4泊、ヴェローナ1泊、パドヴァ1泊、ヴェネツィア2泊、フィレンツェ2泊、ローマ3泊。都市間の移動は鉄道を使っています。ミラノにいる間に近郊のベルガモなどに友人の車で行き、フィレンツェにいる間にシエナとサン・ジミニャーノにバスで行きました。
鉄道の切符は各都市に到着した時に出発分を購入していました。チケット購入は券売機で現金又はクレジットカードで簡単に買えます。日本の新幹線の券売機と同じように電車を選べます。窓口はすごい列です。予約していてもよく列車が遅れるようなので電光掲示板で出発時間を再確認していました。ちなみに、フィレンツェからローマに行く時に予約していた電車は結局来ませんでした。遅れたのかなと思って次の列車に乗ろうとしたら別の列車でした(予約していた席の車両が食堂車だったので分かった…)。ホームにいた車掌に事情を説明すると、いいからこの列車の空いている席に座るようにといわれました。ここでも適当のようです。
ホテルはすべて出発前に予約していきました。
移動が多いのでバッグは機内持込可能な大きさのゴロゴロと大きなナイロン肩かけバッグで行ってます。
【観光】
ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマのメジャーな観光スポットはとても混んでいます。美術館を始め事前予約が可能な場所も多いのでオンライン予約をしておいた方が良いと思います。ローマのヴァチカンも事前予約が可能になっていました。
【治安】
スリが多いようですが気をつけていれば大丈夫です。
【旅費】
飛行機(NY→ミラノ、ローマ→NY)$1315、ホテル代 ヴェローナ (Hotel Verona ツイン) $180、パドヴァ(Hotel Corso) $55, ヴェネツィア (Monaco & Grand Canal) $220、フィレンツェ (Vivahotel Pitti Palace al Ponte Vecchio) $180、ローマ (Augusta Lucilla Palace) $240、鉄道代(飛行場→ミラ7euro、ミラノ→ヴェローナ13くらい?、ヴェローナ→パドヴァ8.50euro、パドヴァ→ヴェネツィア2.90euro、ヴェネツィア→フィレンツェ34euro、フィレンツェ→ローマ38euro、ローマ→飛行場11euro)、バス代 フィレンツェ→サン・ジミニャーノ6euro、サン・ジミニャーノ→シエナ5.30euro、シエナ→フィレンツェ6.80euro、ヴェローナのオペラ代183euro、ヴェネツィアのヴァポレット(48時間)25euro、観光代、食事代、その他移動代が計$700くらい。合計$3,000くらい。
中欧・東欧 チェコ(プラハ4)(by 小心者さん)
プラハのトラムはとても便利で、よく利用しました。
最初は路線の多さに混乱しましたが、路線図があれば難しくはありません。
1回券でも、改札機を通してから70分以内なら何度乗り降りしてもOKなので、路線を間違っても乗り越しても多少のことなら平気です。
また1日券は24時間有効なので翌日も役に立つことが多く、お得だと感じました。地下鉄も利用できます。
検札のとき以外はわざわざ切符を取り出す手間もなく、これは考える以上に楽でした。
【旅行時期】2008/04/14~2008/07/09
【エリア】
プラハ
【テーマ】
ひとり旅
【投稿者】
小心者
年末年始のローマ旅行(10)(by みちさん)
1/8(火)、9日目。ゆっくり目の7時に起床。
今日はいよいよ最終日。お昼にはチェックアウトしなきゃ・・・。
毎朝の恒例になっていたけど、これも最後の天気予報チェック。w
快晴ではないにしろ、雨の心配はなさそう。
2日くらいしか雨にやられなかった事を思うと、今回の旅は天気に恵まれていたわね。
多少飽きてはきてたものの、これも最後となる朝食。
毎日通ったホテルのラウンジへ。
お!最終日にして、ウィンナーの姿発見!!w
今日はいつもよりゆっくり目だし、やっぱり時間なのかなー。
ベーコンと生ハムを控えめにして、今朝はウィンナー盛りのお皿。w
最後まで、私の食欲は衰えることはなかった。
朝食後、アルケオバスについて確かめてみることにしていたので、まずはスパーニャ駅に向かった。
今回はテルミニ駅に出るだけなので、1回券の切符を購入。
テルミニ駅に到着して、早速500人広場内にあるATACのチケット売り場へ。
話を聞いてみると、曜日の問題ではなかった。
アルケオバスのルート自体が完全に変更となり、今はチェチーリアメテッラの墓を最終地点としてリターンしてしまうそうだ。
人気が高いバスだった為、少数の乗客しか乗せられないミニバンタイプのバスを廃止してオープンタイプの大きなバスのみのにしてしまったのが要因らしい。
現在運行しているその大きなバスでは、アッピア旧街道を水道橋まで行けないんだとか・・・。
水道橋への他の交通手段を聞いてみたところ、地下鉄とバスに乗って、後は徒歩で頑張るしかないと。
後1日あれば、なんとかして水道橋を見に行くことも出来ただろうけど・・・本当に残念無念だ。
仕方ないので水道橋を諦め、一旦ホテルに戻った。
【旅行時期】2007/12/31~2008/01/10
【エリア】
ローマ
【テーマ】
【投稿者】
みち
灼熱のイタリア旅行(6) (ボローニャから) ベネチアへ(by toyoxさん)
旅も、いよいよ、終盤に。
■ ベネチアへの移動
ボローニャからベネチアへ
急行列車で移動する。
列車は冷房が効きすぎていて、車内は寒すぎる。
しかも、照明が故障しているらしく、トンネルでも、
外が薄暗くなってきても灯りがつかない。
到着するころは、車内は少し暗くなっている。
またまた、芸術的には優れるが、あまり緻密ではない
国民性だなあと思う。
窓の両側にすぐ海を見て、海の上を走るように
陸から突き出した島に渡ると、
いよいよベネチア(サンタ・ルチア駅)に到着である。
列車を降りて駅前にでると、大きくはない広場のすぐ先が
運河になっている。
タクシー乗り場はどこだ。探すが、そんなものはない。
さあ、どうやってホテルに行けばよいのだろう。
思案してしまう。
スーツケースを抱えて初めての街だ。
歩いて行ける距離なのだろうか。
ここは、ベニスか・・・。
ガイドブックには運河を水上バス(ヴァボレット)で
移動とある。
路線は? 、ドコ行き?、切符は(1回券、1日券、3日券、
どれがリーズナブルなんだ)?、
乗り場は? とウロウロする内にますます暗くなってくる。
ようやく、船に乗り込む。
運河をエンジンの音を響かせて、船着場(バス停)を
たどって進む。
しかし、このバスが便利なことは翌日すぐにわかる。
すぐに慣れると言うことですね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
■ ホテル カルチーナ(La Calchina)
ホテルにチェックイン。
インタネットで選んだホテルは、カルチーナ(La Calchina)。
中心からは少し離れてはいるが運河に面した素敵な
ホテルである。 Zattere(ザッテレ)下船すぐ。
清潔で、内装も、なかなかしゃれたホテルだ。
ホテルの部屋は満室だったが、
アパートメントにキャンセルが出たとの
メールを受け、予約した。
アパートメント建物と部屋(Iris)の2個の鍵を
もらって無事チェックイン。
朝食はホテル内の食堂で。
これが運河を眺めながらの結構、優雅な朝食なんです。
テラスで摂っている人もいるけれど、
真夏と言うのに外は寒いくらいだ。
閑静な環境の、運河に面して景色もよい、
このホテルを選んだのは大正解でした。
因みに、カルチーナ(ホテル)のレストランは、
運河に突き出したフロアにテーブルをならべて、
夜は、キャンドルも灯り、とてもよい雰囲気。
ウェイタもうやうやしく給仕する。
しかし、値段は高く、料理は、いまひとつ。
このレストランに、2度は行かなかった。
■ 歩いて、そして、ヴァボレット(水上バス)
に乗っての散策
迷路のような町並みをどんどん歩く。
有名スポットを地図を頼りにたどる。
なかなかたどり着かないこともある。
海に面した運河沿いの明るい散策路、
仮面マスカレードを展示したお店、世界中の人々、
ジェラート、美しい町並み、渋滞するゴンドラ、
絢爛たるサンマルコ広場、寺院、雑踏、・・・
有名なスポット周辺は観光客も多いが、
そうでもないところは、静かな古都の散策だ。
一日歩いても飽きることがない。
最近007 カジノロワイヤルを見ていたら、
映画の最後の方で、
ボンドが、ボンドガールをサンマルコ広場の辺りを
追跡する場面が出てきて、
映画にあーここ行ったなあとリアリティが増した。
歩いてばかりでは、疲れてしまう。ヴァボレットは便利だ。
運河から眺めるベニスも楽しい。
■ 迷路のような道
この町は、狭い路地だらけだ。
しかも、これが東西南北でない。
運河を避けるように、橋の都合もあって、
建物の間を右へ左へで、
しかも、建物の壁で遠くが見とおせず、
迷路のようだ。
すぐに自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。
地図はあっても、自分がどこに居るのかわからなく
なってしまう。
磁石があるといい。
次の機会には持ってこよう。
これは隠れたノウハウだね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
■ レストラン (ドーナ・オネスタ)
気さくな下町のレストランチ
ドーナ・オネスタ(San Toma下船)は、
なかなか、おいしかった。
気さくなレストランで、注文した料理はみなおいしい。
観光客相手の店は高いが、
ここは料金もリーズナブル。また、行きたい。
ベネチアでは、ここが一番安くて、おいしい店だった。
食後、店の主人に「ブオーノ!」というと、
うれしそうな顔をした。
■ ムラーノ島 冒険旅行
サンマルコ広場を、建物のすばらしさに見とれて、
人の多さに、どっちに行ったらよいのかなあと、
キョロキョロ、ウロウロの雰囲気で歩いていると、
身分証を身に着けた善良そうな男が、寄ってきて、
何年記念とかで、ベネチアグラスや、
その製作の様子展示をただで見せてくれるという。
水上タクシでムラーノ島まで連れて行ってくれると言う。
折角だから、行ってみることにする。
水上タクシーに我々2人だけが乗せられ、出発する。
どんどん陸地が離れていき、運河を離れ、外海に出る。
どんどん行く。
誘拐されるわけではなかろうが、
ヤバイことになったかなと思いつつ、
いそいでガイドブックを見る。
ムラーノ島は、ベネチアングラスで有名な島とある。
さらに、よくこの手の押し売りがいるから、
近づくなとある。
これは失敗したか・・・。
島に着くと、すぐに、きちんと背広をきた、
あやしげな男があらわれ、工房へと案内される。
ますますヤバイ。気付かれぬように身構える。
工場でガラスを犬に加工するのを見せてもらい、
すぐに展示場に直行。
5階建てくらいの広い展示場で、
絢爛で繊細で豪華なガラス製品が展示されている。
すばらしい作品も多い。
しかし、興味を示すと売りつけられる恐れがある。
知りたいとは思うが、値段も聞かないことにする。
敵もあきらめたみたいだ。
展示場の最後まで回ったところで、ほうほうの体で
建物を出る。 ホッとする。
帰りは、ヴァボレット(水上バス)で。
立ち席、でも安心・・・。
冒険旅行でした。
【旅行時期】2006/08/10~2006/08/12
【エリア】
ベネチア
【テーマ】
【投稿者】
toyox
フランス旅行記(14):6月26日(1)(by 旅人のくまさんさん)
<2004年6月26(土)>
あっという間に時が経ち、今日が日本へ戻る日になってしまいました。往きは時差の関係で時間の貯蓄、帰りは借金払いのようなものです。フランスへその日の内に着くことが出来たましが、帰りは機中泊で1日がどこかへ飛んでいってしまいます。ただし、今日の出発は夜なので、目一杯最後のフランス旅行が楽しめます。
<ホテルのチェックアウト>
パリへ着いた最初に日にHISのガイドさんから、「お帰りの日は、26日、土曜日の午後3時に係りの者がホテルのフロントに伺います」と聞いていましたので、今日はその時間に合わせ行動することにしました。
その朝は、いつもより少しだけ遅い8時頃に朝食を摂って、荷物の最終チェックをしました。と言っても、部屋のセーフティボックスに入れておいたのは、パスポートと、現金の一部だけでした。チェックアウトする前に、現金をニ分割して、パスポートは内ポケットに入れ、ボタンをしっかり締めておきました。
チェックアウトは、簡単な英語ですべてが事足りました。チェックインした時に、「フランス語はぜんぜん駄目です」とガイドさんを通じて話しておいたのが役に立ったようです。チェックアウトの時は、たまたま、同じフロント係の女性の方でした。精算金は全くありませんでした。
その女性の方にバッゲージをお願いしたら、フロントの右横の手荷物置き場の鍵を開けてくれました。置き場所を確認し、預り証を受け取りました。もし聞かれたら、「15時までには戻ってきます」と話す予定でしたが、全く尋ねられませんでした。多分、スケジュールは旅行社から聞かれていることでしょうし、フランス語の分からない日本人相手には、くどい話はしたくないとの本音もあったかも知れません。ホテルに着いた日に、両替の事で、少し悶着があったことを先方も覚えていたようです。
<バスティーユ広場>
荷物を預けて身軽になったところでホテルを出ました。時間は9時半を回っていました。最初に向かったのはピカソ美術館でした。地下鉄回数券が一枚だけになっていましたので、1回券を買って乗車しました。
バスティーユ駅は13号線のサン・ラザール駅で3号線に乗換え、更にレ・ピュブリック駅で8号線に乗換えることにしました。バスティーユ駅までは13号線から1号線へ1回乗換えで行くことができますが、出発した時には、ピカソ美術館の最寄駅であるシュマン・ベール駅のことが頭にありましたので、選択したコースでした。1つ先の駅がバスティーユ駅です。
バスティーユ駅で降り、地上へ出たのは広場に面した西側でした。高い緑青を吹いた塔が交差点の真中にあり、直ぐにバスティーユ広場であることが分かりました。その塔の先端には、金色の天使像がありました。フランス国旗も飾られていて、この天使は片足で立っていました。
オペラ・バスティーユは、この塔より東側であり、道路を渡るには、もう一度地下に潜る必要がありました。もとよりピカソ美術館の見学が主目的でしたから、こちらは近くまで見学に行くのは諦めました。フランス革命200周年を記念して1989年に建設された、新しいフランス文化の殿堂です。
<ピカソ美術館>
バスティーユ広場の見学を簡単に済ませ、歩いてピカソ美術館に向かいました。最初の目印はバスティーユ駅の1つ北、シュマン・ベール駅です。通りの名前を見当に、適当に方角を決めて歩きました。最初に歩いた並木道には、小さなテントショップが軒を並べていました。具象画や現代画等の展示即売があり、工芸品や衣類を売っている店もありました。後で地図を確認しましたら、リシャール・ルノワール大通りでした。
シュマン・ベール駅があるのはボーマルシェ大通りの方です。この通りへは、中庭のような所を近道して、斜めに歩いてたどり着きました。地下鉄駅も直ぐ近くでした。ピカソ美術館は、この駅から10分とはかからない距離です。そんな短い距離でしたが、昨日も遅くまで飲みましたので、のどが渇いてきました。途中でコンビニがありましたので、冷たいジュースを買いました。本当はミネラルウォターの方がよかったのですが、適当なサイズのものは半ダース単位であり、1本単位は2リッターほどあったので、諦めました。
ピカソ美術館の建物の前身はホテルだったようです。そのホテルを改造して美術館に作り変える際の工事途中の写真も展示してありました。切符売り場と入口は別になっていて、入場料は5.5ユーロでした。ピカソの死後、相続税として納められた3500点もの作品がベースになっています。制作年代は1894年から1972年までに及び、絵画だけでなく、彫刻、陶器なども展示してありました。
展示は地階から2階まであり、ピカソの作品をまとめてこれだけ見学できたのは初めてでした。何年か前に、名古屋市美術館でピカソ展が開かれましたが、これだけの作品は展示されていなかったように記憶しています。「青の時代」の作品は自画像を含めてかなりの数がありましたが、「赤の時代」の作品は気づきませんでした。作品数そのものが少ないのかも知れません。「キュービスム時代」から「新古典主義時代」更に自由な作風となった晩年の作品も実に豊富に展示されていました。
暫く見入ったのはデッサンでした。古典的で模範的なデッサンから、線が自由に踊っているような円熟期のデッサンなども身近に見学できました。つい、写真を撮るのも忘れてしまいました。この美術館でも、フラッシュを焚かなければ、係員の方が横にいても、クレーム無しでした。
前身がホテルだけに、中庭が整備されていて、一角には小さな売店もありました。ワインがありましたが、午前中なので思いとどまりました。
ところで、ピカソを観賞する時、いつも思い出す人がいます。小学校1年から3年までの担任だった樋口先生です。図画・工作が専門の先生で、作品の観賞仕方を身振り手振りで教えて頂きました。その1人がピカソです。
子供心には上手い画とは思えませんでしたが、教科書にあった母子像の腕に注目して、「この腕に母の感じる重たさがある」と言った主旨の説明をして貰ったことが記憶に残っています。
円山応挙筆の幽霊の絵の時も、身振り手振りだったので、このこともよく覚えています。ピカソの場合には、元々デッサンでは天才的な人だとも、教えて貰いました。今回、その天才的なデッサンの数々も目の当たりにし、感慨深い見学でした。
手元に1998年に名古屋市美術館の開館10周年記念で開催されたピカソ展の冊子がります。この中に展示会に出品されたピカソ美術館の作品は「デッサンするクロードを見守るフランソワーズとパロマ」くらいでした。メトロポリタン美術館と、国内では彫刻の森美術館の収蔵品が目立ちました。母子像も2点ありましたが、小学3年の時に目にしたものとは少し違うように感じました。1920年代の作品です。
<今日も少し贅沢な昼食>
ピカソ美術館の次はポンビドー国立芸術文化センターへ向かいました。途中、フランス歴史博物館がありましたので、外観だけを見学しました。垂れ幕が下がっていて、何かイベントが開催されているようでした。そこから更に西に歩きますと、写真で見たことがあるポンビドー国立芸術文化センターの赤、青、黄色などの原色で塗り分けられたパイプだらけの建物が見えてきました。
その建物を確認できたところで昼食の場所を探しました。と言うより、歩いてきた通りに、お洒落な店が多くありました。丁度昼時になっていましたので、少し後戻りする形で店を選びました。目星をつけておいたのは、イタリア風のパスタの店、フランスパンを使ったサンドイッチの店、魚料理の店等でした。
1番に選んだのが「パスタ+ワイン」次が「サンドイッチ+ワイン」3番目に「中華料理風和食+ワイン」でした。ところが、1番目も2番目も店の奥まで満席で、結局は「中華料理風和食+ワイン」の店にしました。
この店は、出来合いの料理が並べられていて、その中から野菜の旨煮、寿司を頼みました。飲み物の最初はハイネッケンビールにしました。先ずはこの分を先払いでした。他の店よりは少し割高の感じもしました。先客は何人かいましたが、あまり流行っている店ではなかったようです。多分、値段のためかも知れません。
少し大き目のテーブルに座りましたので、その後でキャリアウーマン風の黒人女性の人が相席になりました。この人は、絶えず携帯で話をしながら、チャーハンの上に焼き鳥を2本載せて美味しそうに食べていました。ビールを飲んでいた先客の男性は、勘定を済ませて帰っていきました。後払いもあったようです。常連客かも知れません。
店番は、二人の東洋系の若い女性でした。1人はほとんど話をせず、見習風で、もう1人の人が頑張っていました。この人に、棚に見本で置いてあったワインのハーフボトルを追加注文しました。10ユーロでお釣りがきました。白ワインは辛口で、まずまずでした。見本のボトルではなく、ちゃんと下の棚から、冷やしてあったワインを出してくれました。
寿司は、サーモンなどの赤魚で、一応、山葵と醤油がついていました。透明のパック詰めにしてありました。酢の物とガリも付いていました。旨煮はブロッコリーと人参が主体で、まずまずの味付けでした。かなりの量でした。寿司の方を先に食べましたので、旨煮が少し冷めてきました。これを見て、先ほどの娘さんがフランス語で何か話し、旨煮をもう一度レンジで温めてくれました。店内の飾りは、中国風と和風とごっちゃでした。
<ポンピドー国立芸術文化センター>
十分にお腹が膨らんだところで、ポンピドー国立芸術文化センターのビルに入館しました。入場料は無料でしたが、入場の際に手荷物検査がありました。レントゲン検査装置も備えてありました。
1階の照明はかなり薄暗かった。節電と言うことではなく、若い人向けの感覚で選択された意匠のようでした。この薄暗い1階に、人出は多かったですが、やはり若い人が主体でした。
このセンター、創設されたのは1977年ですが、余りもの斬新なデザインに物議を醸したとされます。しかし、現在ではルーブルを凌ぐほどの年間入場者を誇る設備として育ってきています。このビルの4、5階にある国立近代美術館の人気が高いのかも知れません。
この国立近代美術館には入場しませんでしたが、3階まではエスカレータを使って中を覗いてみました。近代図書館、インターネットセンターと言った趣でした。やはり学生さんたちが殆どで、必要な図書類をパソコンを使って検索したり、インターネットを使って情報収集をしていました。私語を発する人もいませんでした。静かですが、緊張感のある雰囲気が印象的でした。
この建物の北側からベランダに出ることができ、眼下の広場の様子を窺がうことができました。建物に向かって下り勾配になった舗装広場では、何組かの大道芸人の人たちが観客を集めていました。通りがかりに立ち見をする人もいましたが、グループで座り込んで、じっくり見学する人達も遠望されました。この後、私のその中の1人として、ゆっくり見学しました。
残念だったことは、この国立近代美術館を見学する時間がなかったことです。入場料はピカソ美術館と同じ5.5ユーロです。常時1400点が展示されていて、5階には1905年から1960年までの作品が年代順に並べられています。4階には、その時代以降の作品が入れ替え展示されていると言います。
フォービスム(野獣派)のマティスの作品や、キュービスムのピカソの作品などもあり、パリで名声を得た日本の藤田継冶の作品も展示されているようです。この美術館も次回の旅行の楽しみとしておきます。
<広場の大道芸>
北側の広場では、最初にモンゴルの3人組の演奏を聞きました。推定年齢ですが、30代1人、50代2人のトリオ演奏でした。若い人は20代後半かもしれません。3人とも弦楽器を手にし、もっぱら楽器演奏主体の人は弦で、歌唱の人たちは指で爪弾いていました。3人とも濃い青地に白・黒・金の刺繍のお揃いの民族衣装を身に着けていました。
曲名は全く分かりませんでしたが、低音を効かせたソロ、高音のソロと、そのハーモニーが独特の世界を作り出していました。歌唱そのものが楽器のような響きを奏でていました。おそらくモンゴルの草原で朗々と歌われ、遠くへ響き渡る歌唱法なのでしょう。ソロの後には、大きな拍手が沸きました。15ユーロ、2千円弱でCDを売っていましたので、私もチップ代わりに1枚購入しました。
広場を一番沸かせていたのは上半身裸の曲芸の人でした。観客を惹きつけ、その場でアシスタントも手当てしていました。曲芸の種類も豊富で高度でした。
例えば、テーブルの上でのボールの曲芸では、8個ほどを同時に操っていました。この時も、簡単な演技の際に、わざとボールを1個落として、俄かアシスタントに拾いに行かせることもストーリーに含まれていました。とにかく、観客を沸かせることと、引き入れる手管はプロそのものでした。
年配の男性二人をアシスタントに棒上の倒立、長い棒のバランス芸、テーブルの上に更に不安定な道具を積み重ねた曲乗り、曲芸倒立等、拍手と笑いと賞賛の拍手が絶えませんでした。石垣の上からの観客には、曲芸に使った棒を伸ばして、ここから箱へ小銭を落としこむ仕組みになっていました。
もう一組は、黒人の人たちの民族舞踊でした。打楽器でリズムを刻み、それに合わせて4人がダンスを披露していました。民族舞踊のようでしたが、残念ながら少し単調で、余り盛り上がっていませんでした。隆々とした筋肉を躍動させながら踊っていたのが見せ所でした。
<セーヌ河畔、古本屋さん>
ポンピドー国立芸術文化センターの広場での大道芸を見学した後、パリ市庁舎を見学の後、セーヌ川沿いを歩いてルーブル美術館に向かうことにしました。3回目、今回の旅行では最後のルーブル詣でです。
パリ市庁舎は、フランス革命の際の本拠地となった所ですが、1871年のパリコンミューンで焼失し、1882年に現在のネオ・ルネッサンス様式で再建されたと言います。修復工事用の足場が正面に組まれ始めていました。現在、ツアーの場合に月曜日だけ一般見学が許可されていると言います。かつて、広場は処刑場でした。
最初にセーヌ河畔を散歩した時、堤防に鍵がかかった木箱が連続して設置してあったのを見て、用途の見当が付きませんでした。「防災用の器具でも仕舞ってあるのでは?」位の想像でした。パリに到着した翌日、23日のことです。
それで、早速ホテルでガイドブックを調べましたら、古本屋さんであることが分かりました。今回、その扉が開いていましたので納得できました。1人の本屋さんで、複数の収納庫を持っていたり、1つだけの人もいました。この日も開いていない収納庫もありました。
「これで商売になるの?」と言った新書版や軽い小説風本を沢山置いた店があり、あるいは古い雑誌を専門にしている店など、それぞれに個性がありました。結構、パリ市民に重宝がられているのでしょう。
<モナリザを最後にもう一度>
HISのガイドさんとの約束の時間を守るためには、ルーブルの見学は1時間以内と計算しました。それで、今回は焼物とモナリザに的を絞って早足で見学をしました。一日通し券のカルト・ミュゼ・モニュメントではなく、1回券を購入しました。幸い行列は出来ていませんでした。
最初にモナリザを見学しました。デウノン翼から入場しますと、モナリザ見学は便利です。案内標識に従って奥に進むとイタリア絵画の部のコーナーにたどり着くことが出来ます。
ここには17世紀から18世紀のイタリアの作品が展示してあります。さすがにモナリザの前には人だかりがしていました。しかし、少し待って最前列に進むことが出来ましたので、3枚ほど撮影して、モナリザに別れを告げました。
この日はそれまで見落としていたイタリア絵画の傑作も見学できました。レオナルド・ダビンチのその他の作品とラファエロの作品などです。これらの見学と撮影を終えて、半地階の「中世のルーブル」コーナーに向かいました。
この小冊子の紙面の都合で、これらの写真は収録できませんでした。中世時代のルーブルの濠が実物の石を使って大規模に再現してあり、中々の迫力がありました。
最後の最後は、ミロのビーナスを見学しました。この名作はデウノン翼から近いシュリー翼の南西部に展示してあります。この見学は2回目です。やはり名作なので、多くの人が集まっていましたが、少し待って撮影することが出来ました。女性の方は、ミロのビーナス、アフロディテをバックに記念撮影をするのがお好きなようです。
ミロのビーナスでも小学校3年の頃に樋口先生に款賞の仕方を教えてもらった記憶があります。少し記憶に曖昧な点はありますが、サモトラケのミケとの比較論でした。ビーナスの場合には、無くなった腕の形をいくつか実演されていたような記憶も残っています。
この時の結論は、「腕が無くなっていたことが歴史的傑作になった大きな要因」それと、「サモトラケのミケの顔はビーナスよりも素晴らしかったかも知れない。しかし、こちらも顔がなくなったことが歴史的名作になった」との大筋の説明だったような記憶があります。10歳の子供でも、尊敬する先生が真剣に教えて戴いたことは、簡単には忘れられないものです。
<迎にきてくれたHISの現地ガイドさん>
ルーブル美術館の見学を終えて、地下鉄でホテルに向かいました。乗換えを間違えなければ、30分もあれば到着できます。預けておいた荷物を引き取って、ロビーでHISのガイドさんを待ちました。荷物は自分で運んだし、チップを出しても、間違いなく断られるので「メルシー」だけの御礼にしました。預けた時とは別のフロント係りの人でした。
ガイドさんとの約束の時間である18時半には20分ほど余裕があり、暫くロビーで待つことにしました。やがて、予定の時刻にガイドさんがロビーに来てくれました。早く着き過ぎた場合、停車場所で困るのでしょう。空港到着の時と同じ、日本人スタッフでした。後で話を聞きましたら、パリへ来て6年目になるそうでした。「あっという間に年数が経ちました」と話されていました。まだ20代と思われる若いガイドさんでした。
ほかに客はなく、自分ひとりだというので、真っ直ぐシャルル・ドゴール空港へ向かいました。道路は混み始める前の時間で、順調に走りました。ガイドさんは「多分説明しなくてもよいと思いますが」と前置きして一通りの出国手続きを説明してくれました。
その後で、
「今回の旅行で何か困ったことはありませんでしたか?」
と聞かれましたので、
「HISさんにクレームは出しませんので安心して聞いてください」
と前置きして、イギリス日帰り旅行の際のトラブルの事を説明しておきました。
「日本でオプショナルツアーを売り出す時に、『ユーロ圏のイギリスの場合、日帰りでもパスポートは持参して下さい』 と、どこかへ必ず記載しておいてください」
と言う注文でした。ガイドさんは直ぐに手帳にメモしていましたので、多分次回からは改善されるに違いないと期待しました。
「それともう1つ、両替が出来ないホテルに遅い時間へ案内される時は、『両替』の事は少し気を配ってください」
と言うことも付け加えておきました。これも、
「クレームにはしませんので」
と、言う前置き付でした。シティ・ラマ社への丸投げツアーなので、HISさんとしては力が入らなかったのでしょう。
雑談しながら「スリ被害」のことにも話が及びました。ガイドさんもスリでは沢山の被害例を経験されているようでした。日本で予め貰っていた黄色いパンフレットにも「盗難対策」がありました。
私の場合、「ペラペラと話し掛けられているうちに、・・・もう1人が財布などを抜き取る」のパターンでした。
英語で話しかけられても、「エクスキューズミー アイドント ノー」と取り合わなかったので、辛くも被害を免れました。ガイドさんの話によると、パスポートと現金を纏めて盗られ、困ってしまうケースも後を絶たないようです。「フランスは特別に治安が悪い国ではありませんが、決していい国とはいえません」と表現していました。
最近増えている被害に、「知らない人に飲み物を勧められて、リュックごと纏めて被害」のケースをテレビで紹介していました。飲み物に睡眠薬が入れてあるケースのようです。
黄色のパンフレットにも「面識のない人から飲酒食物を貰わない(睡眠薬が混入されている場合がある)」と、ちゃんと記載してありました。これらの事も、実際に経験してみないと中々理解し難いことです。しかし、経験してしまっては遅過ぎます。そう言った意味では、被害ゼロで、貴重な経験をさせて貰いました。
ピカソ美術館で
母子像の児を抱く重さ例つつピカソ教わる我は十歳
ルーブル美術館で
旅終て帰るひと時工面してモナリザ訪ね区切り付たり
ダビンチの作品並ぶコーナーに息整てその名をなぞる
さり気無く通路歩きつ眺むるも吸い寄られしラファエロの在
アフロディテ腕なき姿を絶賛の教え忘れじ小学三年
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